テレワーク疲れな「お父さん」から考える② 変化の時代を“生き抜く”  ~今だからわかる“生きづらさ”の正体~

生きる・生き続けるって本当に難儀です。

当たり前のように呼吸ができるだけでありがたいし、
「たったそれだけ」と思うようなことが実はすごく頑張っている「すごいこと」なんだよなと

赤ちゃんが生まれてきて初めて産声を上げたとき・・感じました。

末娘が入院し、ICUで呼吸器に人工心肺に・・と瀕死の状態になり、
そこから離脱出来て笑ってくれた時・・感じました。

家族の命の期限を告げられたとき・・

大切な患者さんが話はできなくても、今日も呼吸をしているとき・・

突然からだの自由を奪われたり、命の危険にさらされたり、思い描いていた夢を断たれたり・・

どんな逆境にさらされても、壁をぶつけられても「生きる」を続けようとしている“誰か”を見るとき・・

仕事でも日常でも「ただ生きる」だけでこんなに大変か?って思うシーンに多々出くわします。

それでもヒトは「より良く生きよう」とか「目標をもって」とか
「大切な人のために」「誰かのために」「世界のために」と
「ただ生きるだけでないことをしたい!しよう!」と思える

すごい生き物だなと思います。

当たり前じゃない、「すごい」ことなんだと思います。

そして世界のなかでも、日本人にはもう一つ「すごい」ところがあって

「らしさ」や規律を「美しさ」に変えて、伝統を守り、文化を守り、次の世代に伝えていく結束力
誰かを思いやり、もてなすの心を世代を境を越えて強く優しく持ち続けられる「誇り」のようなもの。

日本人はそれを「当たりまえ」のように教わり、
当たり前にできることのようだけれど、これはもはや「伝統芸能」「伝統文化」のようなもので
そんなの絶対に「できて当たりまえ」ではないし、“出来ない・やらないから責められるものでもない”
のだと思っています。

頑張れていることが、とんでもなくすごいことだし、
「やりたいと思うからやれること」「やりたいと思ってもなかなか難しいこと」なのだと思います。

コロナ感染拡大防止のための行動にしてもそうですよね。

日本人は法で強制されなくても、多くの人が一人ひとりが「誰かのため」を想い、考え、頑張れる。

日本人の思いやりの力、絆の力、世界を愛せる力、我慢強さ、すべてがJAPAN PRIDE!かっこいいなと思います。

一方で、裏を返すと
「伝統」を重んじるあまり「我慢」しすぎたり、「型」の美しさを保たなければ!!と
思い・思わせすぎてしまうところは、これまた日本人の特徴だったりしますよね。

「当たりまえ」として学んでいるから、
「できないとふつうじゃない」ってなんだか「良くないこと」のようにとらえてしまう。。

歴史を振り返ってみても、
日本は「男らしさ 女らしさ」「できる男」「いい女」などのフレーズで
「ふつう」や「らしさ」、「優れた」「正しい」のイメージや尺度、価値観を
固定するような情報や閉鎖的な住み分けを印象付ける表現や考え方が根強い国だなぁと感じます。

海に囲まれた小さな島国ですし、
その中で文明の発展や豊かさが生まれれば、彩りは増えるけれど、
その分、争いや命を脅かされる危険も増えるわけで、
それでも狭い空間で、すべての人が安全に暮らすために・・と「やさしさ」でこういう形ができてきたのでしょう。

しかしそれは「あたりまえ」や「ふつう」の基準ではないし、
当然のように「できる」ことを「期待される」べきものでもないわけです。

「女らしくない」とか「母親なんだから」とか「男の子なのに」とか「男のくせに」とか

もともとは、人々が安心してよりよく暮らすためのもの・・・
頑張った人が頑張ったことを評価されるためだけのものだったはずの「すごい」が
裏返しにとられると途端に「人の命を脅かす兵器」のようになりますよね。

世界の平和を願いノーベルが創造したダイナマイトのように。

幸せを祈る気持ちだけでは平和は保障されない

投稿者プロフィール

堀川 由樹子
堀川 由樹子
鹿児島県出身
広島県立保健福祉大学
保健福祉学部
コミュニケーション障害学科卒業
言語聴覚士国家資格取得
母親 9年生 (個性豊かな3兄妹と夫と暮らす)

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